【腸研究者が語る】腸内細菌の特徴
私は10年近く腸に関連する栄養吸収や疾患、治療法に関する研究を行ってきました。
腸の中に細菌が住んでいることは、このサイトを訪れた方ならばご存じのことでしょう。皆さんの腸の中の住人である「腸内細菌」とどのようにお付き合いすればいいのでしょうか。
「善玉」、「悪玉」ということだけで腸内細菌を区別してお付き合いすればいいのでしょうか。
今日は私たちの腸内に住んでいる100兆個にもおよぶ腸内細菌の由来や役割、最近の知見について詳しく見ていきたいと思います。
記事の目次
腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)という考えかた
実は、人間と腸内細菌が関わりを持ているだけでなく、細菌どうしも相互に関わり合いながら、安定した環境を常に作っています。
腸内にいる特定の細菌が極端に減ったとしても、別の細菌がカバーしあっているので腸内の安定は崩れません。
腸内にはいろいろな種類の腸内細菌がいることで、はじめて安定した腸内環境を作り上げることができるのです。
この様子はまるで野山の叢(草むら)のようであり、腸内細菌全体を指して腸内細菌叢と呼んでいます。
最近では、腸内フローラ(フローラとは花畑)とも呼ばれています。
腸内細菌叢は乳幼児期の成長とともに構築される
腸内細菌叢は生まれてからあまり時間をおかずに構築されはじめます。
胎児や生まれたばかりの赤ちゃんの腸は、無菌状態で細菌は全くいない状態です。ところが生まれて数時間以内に腸内細菌が増加し始めます。
最初に増えるのは通性嫌気性菌の大腸菌や腸球菌です。その後3日程度で嫌気性菌のうちビフィズス菌が増えてきて授乳期間中は大勢を占めるようになります。
授乳期間~離乳期間になると他の嫌気性菌が増えてきます。普通の食事ができる年代になると前項のようにさまざまな嫌気性菌が増殖してきます。
このころになるとビフィズス菌は検出できない人も出てきます。そして、加齢に伴いビフィズス菌は減少し、大腸菌、クロストリジウム菌、ウェルシュ菌といった腐敗菌、俗にいう悪玉菌が増加してきます。
一度決まった腸内細菌叢の構成は変わりにくい
乳幼児期に構築された腸内細菌叢の構成は、成人になってもほとんど変わることはありません。
腸内細菌叢の構成は、人それぞれ異なりますが、いったん腸内細菌叢が構築されると極めて安定な状況になるのです。
「ヨーグルトや乳酸飲料を毎日摂りましょう」といわれるのは、成人はヨーグルトなどに含まれる乳酸菌やビフィズス菌を腸に居つかせることが、なかなかできないからなのです。
もう古い研究になりますが、腸内細菌叢の構成は生後6カ月以内に決まってしまうといった先生がおられます。
さらに、その先生は生後6カ月まで母乳で育てた子供の方が、人工乳(粉ミルク)や他の栄養で育てた子供よりも(俗にいう)善玉菌であるビフィズス菌や乳酸菌が成人後も多く腸内に住み着くということを話しています。
このことから、生後6カ月までは離乳せず母乳で育てると、将来善玉菌の豊かな腸内環境を持つ大人になるかもしれません。
腸内細菌を変動させる因子とは
先に腸内細菌叢は宿主や細菌相互にクロストークしながら腸内環境を安定化していることを述べました。
腸内環境が安定している時が腸内細菌の働きが最も良い時でもありますので、この安定を崩すことは健康を害することにつながることもあります。
腸内細菌叢のバランスを破壊する代表が、抗生物質や抗菌剤などのお薬です。風邪をひいた時に、炎症があるとしばしば抗生物質や抗菌剤を処方されることがあります。
これらの薬は風邪の後の時に感染や炎症の原因となっている病原菌を殺すのには大変効果があり、医師の処方通りに服用する必要があります。
しかし、同時にこれらの薬は大量の腸内細菌を殺してしまうのです。抗生物質や抗菌剤は細菌によって効果が大きく異なるので、飲んだ抗生物質によっては腸内細菌叢の構成を大きく変えてしまうことがあります。
普段は少数派の細菌でも薬によって周囲の多数派の細菌が大量に死滅すると、ここぞとばかりに一挙に増加することがあります。
このような現象を「菌交代症」と呼ばれており、長期にわたりさまざまな抗生物質や抗菌剤を使っている人に重症な下痢や腸炎を起こさせる場合があります。
無菌マウスの実験から
「無菌マウス」という実験動物がいます。無菌マウスは生まれたら直ちに隔離され、細菌や微生物の全くいない環境で育てることで人工的に作成されます。
無菌マウスの腸内には腸内細菌は全くいません。このような状態は自然界ではありえませんが、無菌マウスが作成されたことで、通常のマウスと比較することで腸内細菌の役割がより明らかになりました。
ここでは、無菌マウスから分かった腸内細菌の働きをいくつか紹介します。
無菌マウスは長生き
無菌マウスは通常のマウスに比べて、長生きであることが知られています。通常マウスの寿命は1年~1・5年程度ですが、無菌マウスは2年以上生きる個体があり、全体では1.5倍程度長生きすることが分かっています。
また、通常のマウスに比べて成長が早いことも知られています。
これは、腸内細菌叢の中に存在している弱毒菌などの影響によって成長や寿命が抑制されているのではないかと考えられています。
実際に、養鶏や養豚などの家畜では、餌に抗生物質を混ぜることで腸内の細菌をある程度減らすことで成長を促進させ早く出荷させることが可能となっています。
ここだけの話を聞くと、腸内細菌はいない方がいいかもと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、早とちりは厳禁です。後述する腸内細菌の役割をじっくり読んでください。
血液型との関係
突然血液型の話が登場してびっくりしている方もいらっしゃるでしょう。でも、腸内細菌と血液型は密接な関係があるのです。
通常いう血液型はABO式血液型といって、赤血球の表面に存在している型物質のことを指します。A型の人の赤血球にはA型物質があり、B型の人にはB型物質があります。AB型は両方があり、O型にはどちらも存在しません。
不思議なことに、A型の人の血液中には、B型の赤血球を固めるタンパク質(抗体)が存在しています。B型の人にはA型赤血球を固める抗体が存在しています。
AB型の人には抗体は存在せず、O型の人にはA型の赤血球もB型の赤血球も固める抗体が存在しています。このような抗体のことを血液型の裏の抗体と言います。
この裏の抗体があるからこそ、輸血のときにはきちんと型を合わせなくてはならないのです。
ところが、無菌マウスには裏の抗体がありません。裏抗体は腸内細菌がいるからこそ作られる抗体なのです。
それを裏付ける証拠として、無菌マウスを通常の環境で育てるとたちまち腸内細菌叢が腸の中に出来上がるのですが、それから数か月後にはきちんと裏抗体ができるのです。
免疫機能との関係
前項では無菌マウスの抗体の話をしましたが、実はそれだけではありません。
抗体は外部から体に侵入してくる細菌やウイルスなどの微生物と結合して、無毒化し、感染することを防御するために重要な働きをする生体防御物質です。抗体は白血球の仲間のBリンパ球と言われる免疫細胞によって作られます。
しかし、無菌マウスは、ほとんど抗体は作られません。Bリンパ球がいないというわけではないのです。
無菌マウスを通常の環境で飼育すると、数日で腸内細菌叢が作られ、3カ月もすると抗体が通常のマウスと同程度の量になります。つまり、腸内細菌叢によって、個体の抵抗力となる抗体が誘導されるということが分かります。
無菌マウスは長生きだと前述しましたが、これは外部から隔絶された無菌環境で飼育しているという前提条件があります。
自然の環境で生活している私たち人間も含め動物は、常に外部からの微生物の侵入に脅かされています。侵入者に一方的に攻撃されないのは、個々に備えている抵抗力があるからなのです。
その中のでも抗体が持つ抵抗力は絶大な力があります。腸の中にいる無数の腸内細菌によって、この抵抗力が養われているのです。
腸内細菌の役割
腸内細菌と私たち人間は共生しており、切っても切り離せない関係にあることがだんだん分かってきたかと思います。ここでは腸内細菌のさまざまな役割について、主なものをご紹介したいと思います。
食物繊維の分解
私たち人間は食物繊維(セルロース)分解することができません。しかし、腸内細菌はセルロースが大好物で、セルロースを餌として分解することができるのです。
腸内細菌が分解したセルロースは人間も利用可能となり、エネルギー源とすることができます。
ビタミンの合成
人間には自ら作り出すことができないビタミンがあります。そのうちのいくつかは食事から摂取する必要がありますが、一部のビタミンは腸内細菌が代わって合成しているものがあります。
腸内細菌は、ビタミンB群(ビタミンB3、B5、B7、B9、B12 )、ビタミンK、リボフラビンなどを生成することができます。特にビタミンKは止血に役立つビタミンですが、これは腸内細菌が産生する分だけで賄うことが可能です。
免疫機能やアレルギーの予防
前述しましたが、腸内細菌は宿主の免疫機能を調節しています。腸内細菌によって免疫細胞は教育を受けていると言っても過言ではありません。
また、ある種の腸内細菌の存在はアレルギーの発生の抑制に関わっていることが知られており、バランスの良い安定した腸内環境を保つことは、生体にとって不利益な免疫反応であるアレルギーを軽減できることが分かっています。
つまり、腸内細菌は生体の免疫の調整に大変重要な役割を果たしていることが分かります。
鉄分の吸収促進
自然界に存在している鉄は三価鉄が多いのですが、腸から鉄が吸収されるためには二価鉄に還元させる必要があります。腸内細菌の還元作用によって三価鉄を二価鉄にし、鉄分の腸からの吸収を助けています。
ますます重視される腸内細菌の役割
最近の腸内細菌の研究では、もっとたくさんのことが分かってきています。その一つをご紹介します。
それは肥満の方の腸内細菌を正常の人に移植すると、移植された人も肥満になるということです。比較的最近の研究成果で、そのメカニズムは詳しくは解明されていないと思いますが、腸内細菌叢は宿主の食性を写し取っている可能性があります。
逆も真(しん)なりで、肥満の個体に痩せた個体の腸内細菌を移植すると、体重が減少することも、動物実験では証明されています。
つまり、腸内細菌叢と腸内環境、その人の食性やエネルギー代謝などとは極めて密接な関係にあり、それは腸内細菌を介して移植可能であることから、腸内細菌叢の持つ何らかの機能がキーを握っていると考えられています。
善玉、悪玉という分け方
ここまで、腸内細菌(叢)について詳しく説明してきました。腸内細菌にはまだまだ知られていない側面がたくさんあり、それらは人間の生命維持に密接に関わっていることがお分かりいただけたと思います。
たしかに、ある観点からみると善玉、悪玉、中立という分け方も理解できますし、ビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌を含む食物を多く摂ると腸の調子が良くなることも知られています。
しかしながら、腸内細菌を単に善玉、悪玉という2者に分けてしまうだけというのも短絡的です。腸内環境における腸内細菌叢という生態系のバランスという違った次元から腸内細菌をみることの大切さもご理解いただけたと思います。
腸内細菌は古くて新しい科学の領域であり、今後もますます人間とのかかわりが明らかになっていくことでしょう。
この記事の筆者
腸内細菌博士
1977年生まれ。京都大学・大学院にて分子細胞生物学を専攻。腸による脂質代謝や栄養吸収を細胞レベルで研究、また腸に関連する疾患の予防、治療方法の基礎研究に従事。
ほか、腸の働きと関連性のある自律神経系や免疫システムについては、現在も米国科学雑誌等で最新研究動向をウォッチ中。現在、米国にてMBA留学中。